人気ブログランキング | 話題のタグを見る

8th Round

バイス

9.11以降、アフガン戦争、イラク戦争と、対中東戦争を起こし、世界を変えた副大統領の物語である。政治に毀誉褒貶は付き物だが、このアレルギーのような、激しいチェイニー批判は、アメリカという世界の中心にある国家が、常に他国から、監視され、評価され、あるいは批判される事を示している。それは、未来に対する期待度の現れでもあって、現在のトランプ政権における社会の分断とは、実際には、ブッシュ政権期に基礎固めがされたものだ。そして、政権のみならず、国家も国民も、一つになった全体主義体制が形成されたのも、今の、閣僚の辞任などが相次ぎ、組織として自由と流動性のある現政権とは異なる事態であり、むしろ、アメリカにとっての試練の時を再現するのが、本作なのである。

ブッシュ大統領は、若く経験も浅く、チェイニーにとっては、まだ未知数の素材に過ぎない。それを乗っ取るでもなく、副大統領の地位を受けたのは、渡りに船というもので、彼の野心を満たすものであった事は間違いなかろう。物語の一方には、家族と共に平和に過ごすチェイニー家の日常があり、本流には覇道という人ならぬ道を往く独りぼっちのチェイニーが居る。後者は強く、折れない頑固さがあるが、いずれが幸せか、という凡庸な問いが残る。そして、戦争によって、アフガン、イラクといった、戦地となった国家というのは、生活が破壊されてしまう。対する、戦争を仕掛けた側のアメリカでは、激戦にも関わらず、皆が平和に日常を暮らしている。ここで露になるのは、国家間での圧倒的なパワーバランスであり、取り残された後進国がどのようにして、先進国への意思表示をするか、という事であり、その選択肢の一つにテロがあるのではないか。

平和な国家とは、経済力とか軍事防衛力、あるいは治安といった政策にもよるが、平和の指標として重要なのは国民がルーティンを無事にこなせるかという事である。つまり、いつもと変わらぬ、日々と同じ日常作業を送る事であり、乱世とはルーティンが崩れ、社会の治安や人心が不安定になる事にある。その意味で、戦争屋とは、治安を乱し、攻撃する事によって、戦争状態に近付けようとする。だが、転じれば、ルーティンさえ乱されずに、生活防衛が出来ていれば、戦争は遠くなるという事でもある。だが、テロとは、その秩序におけるパワーバランスを無視して、突如として破る事にあり、それゆえ、常にサプライズアタックであり、人心を定めない。

ブッシュ大統領は、環境によって白くも黒くもなる、真っ新な存在である。奇しくも、アメリカの戦前の時代を作ったのは、ビン・ラディンであり、その敵の象徴たる大物に左右され、情勢に流されたのがブッシュ大統領である。国家とは強大であり、何処かで、誰か貴重な人材が欠けたとしても、その代役となる人材というのは、組織の中に居るものである。ブッシュ大統領は、官僚機構に対するカリスマになり損ねた指導者であり、戦勝によって政権運営が上手く行っていた時期は、個としての人生も上昇機運にあったに違いない。如何なる責任のある権力者であれ、その目指す処、覇道などが潰えれば、その人生は暗転するもので、君子などは何処にも居ない、事になる。

このエゴイスティックな指導者達に対して、戦争に従軍して、無為に死んでいった兵隊達、戦前の日本兵達も、どれほど国家に純情を尽くしていたかは分からない。だが、それも敗戦と、時代の流れによって、メディアが進化して、過去の大戦に対する反省と歴史修正によって、今を生きる次世代は、戦争の真実と散々たる結果を知ってしまったのである。莫大な被害によって、戦争時代は戻らない、と思っていた処に起きたのが、テロであり、その戦禍となったのは、愛国心であったり、復讐心といった極めて感情的な問題であった。

そして、これは、コメディというカテゴライズながら、悲劇性を際立てる為に、シェイクスピア劇のスタイルを根底に置いていると思う。それは、チェイニーに対する、真実を語る道化役たる、名も無き一アメリカ人男性であり、彼が、チェイニーにとっての真実や直言を呈する事によって、誰もが言いたかった事や、気付きを得るのである。そして、そんな彼が、不慮の事故で死に、チェイニーに心臓を提供する展開の背後にあるものは、精神的な距離があるチェイニーに対して、世俗国家に蔓延する物質主義が反極たる双方を結び付け、心臓を提供するという、権力者との絆を生んだ、という皮肉たっぷりの展開である。

まるで戦争が無かったかのような、チェイニーの独白は、エゴイズムの最大の発散であり、迫力に満ちているが、あたかも生前葬のような、嘘臭さもある。彼は、テロへの復讐という大義を掲げたが、その失敗の因果として、多くの批判に曝されているのではないか。その反動をすらテロと呼ぶのであれば、権力者に救いは無いが、腐っても鯛であり、チェイニーは、必死で自身の正気に縋っているのだと思う。

by lower_highlander | 2019-04-13 14:43 | 映画
<< バンブルビー ブラック・クランズマン >>