万引き家族

生きる為、とは、心の為。

高層マンションの谷間にポツンと取り残されたように建つ古びた平屋の一軒家。そこに治と妻・信代、息子・祥太、信代の妹・亜紀、そして家の持ち主である母・初枝の5人が暮らしていた。治は怠け者で甲斐性なし。彼の日雇いの稼ぎは当てにならず、一家の生活は初枝の年金に支えられていた。そして足りない分は家族ぐるみで万引きなどの軽犯罪を重ねて補っていた。そんなある日、治は団地の廊下で寒さに震えている女の子を見つけ、彼女を家に連れ帰る。ゆりと名乗るその女の子は、両親のともに戻ることなく、そのまま治たちと暮らし始めるのだったが…。(allcinema)

生活を送る為には、犯罪によって、収入を得ねばならない家族の、そういう状況があったとして、一体どれほどの人が、そんな極限状態下に置かれた家族の行動を糾弾出来るであろうか。犯罪とは、生きる為にやむを得ずなされるのであれば、情状の余地が認められるものだ。家族を守る為に、そんな万引きを始めとする犯罪に手を染める事は差し引きでも、命の重みと同じ秤に懸けられる事は出来ない。両親から虐待を受けていて、柴田夫婦に引き取られたゆり然り、本来であれば、養うべき家族としての義務を持たない他人を保護する、それはむしろ、褒められる事ではないか。

本作の家族は奇妙であり、父親の治は全く父親らしからぬ事をしないが、それは、仕事とか社会的な義務の話で物事を計った場合である。むしろ、治は、その甲斐性の無い、仕事の続かない日雇いである事、水商売にすら手を出す妻や娘の労働で支えられている事は、模範的な強き父親ではなく、治こそが家族に支えられ、保護されている、と観る事が出来る。だが、治は他人のゆりの身を受け、娘とするなど、優しい事が、唯一の救いとなり、その存在意義はある。貧困とは、それに耐えかね、犯罪に手を染める事によって、心を荒廃させ、反社会的な人格形成を促す。それが、大人である夫婦ではなく、繊細な子である祥太らに及ぼす悪影響は計り知れない。

だが、犯罪によって生計を立てているに関わらず、人格を歪めていない家族は見事としか言いようがない。つまりは、法を犯していないという、独特の倫理観があり、生きる事を至上とするのは、人間主義として、誤ったものは何もない。人間主義とは、人の美しさや正しさのみならず、エゴイズムをも肯定するもので、毀誉褒貶に富んだ人間のあるがままの本能や行動を赦すものであるからである。社会とは、人間にとって無くてはならないものだが、そんな異端者をその属性のみで断罪する事は出来ないのだ。つまり、明確な違法行為が認められねば、この家族は存続し続ける、という事だが、家族たる社会集団は存続する事に善があり、離れ離れになる事は好ましい事ではない。つまり、この家族は悪ではないのだ。

家族において、両親とは、本来、家にとっての代表者であり、上位にあるべきだ。父親の威厳を支えるものは、労働の主たる従事者であり、大黒柱である事から得られるもので、労働社会の主人公が男性である限り、そのジェンダーの格差は埋まらない。だから、この家族内においては、治の稼ぎの少なさから来る威厳の無さによって、家族の誰もが平等たり得るのだ。犯罪の「仕事」からして、子らにその片棒を担がせ、危ない橋を渡らせるのだから、犯罪のスペシャリストほど、この家族では、主人に近付く、という歪な絆のもたらす自由な序列が露呈される。生きる為には、盗まざるを得ない、だが、そんな義務を背負う事は、宿命ではなく、ただでさえ貧しいのに、ゆりという他人を家族の一員にする事や、その集団の存在自体は、非常に奇妙なのである。

祖母の初枝は、年金によって生計を立てており、独りで生きて行くならば、普通に生きていける。扶養家族がある事によって、犯罪に頼る必要も本来は無いのだ。つまり、犯罪のリスクよりも、法律上のモラルよりも、得難く美しい絆があり、それが、この家族を結びつけて離さない、という事ではないか。その証拠に、この家族をとある危機に陥らせる原因とは、この犯罪によって成る家族に対する、率直な疑問から生まれるのである。家族崩壊の危機とは、現状に依存しない祥太から生まれる。つまり、祥太は、この家族に疑念を持ち、厭だとすら思ったのである。もう大人である夫妻にはやり直しは利かないが、祥太には洋々たる未来がある。それを試し、垣間見たいという祥太の本音は、彼の「家族に対する罪」に勝るのである。
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