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8th Round

シェイプ・オブ・ウォーター

それは、あり得ない愛だった。

1962年、アメリカ。口の利けない孤独な女性イライザは、政府の極秘研究所で掃除婦として働いていた。ある日彼女は、研究所の水槽に閉じ込められていた不思議な生きものと出会う。アマゾンの奥地で原住民に神と崇められていたという“彼”に心奪われ、人目を忍んで“彼”のもとへと通うようになる。やがて、ふたりが秘かに愛を育んでいく中、研究を主導する冷血で高圧的なエリート軍人ストリックランドは、ついに“彼”の生体解剖を実行に移そうとするのだったが…。(allcinema)

孤独ゆえに、惹かれ合う二人。イライザは、恋愛に積極的であり、それゆえに、研究所で出会った不思議な生きものに愛を抱いた。道徳的には、人外の生きものとの恋愛は、禁忌ではあるが、愛は盲目というように、何が起こるかは、誰にも分からない。生きものが恋愛対象になる、というのは、既存の恋愛のロマンチシズムに対する挑戦でもある。誰もが王子や貴族との熱烈な恋愛を望んでいるわけではなく、そこには様々な愛の形があっても良い、と思っている。人間が支配・運営する研究所は、生きものにとっては牢獄に等しく、ストリックランドは看守である。イライザは、掃除係という、端役である事から、先入観なく生きものに近づけたのである。

または、生命に対する純粋な優しさであり、半魚人の生きものを、同じ人間として観れる事は、得難い感情である。それを穢れた存在として見下した事が、ストリックランドに生きものが懐かなかった理由である。奇形であったり、生きものの異質性というものは、人間の価値を反面で問いかけるものだ。イライザが手を差し伸べねば生体解剖されて、死んでいくであろう命がある。それを守るという使命感は、個人的な愛を軸として、物語を旋回させる。対する、ストリックランドにあるものは、崇高な大義でも倫理感でもなく、ただ、自身の出世の為に、「失敗しない事」であり、禁欲的な風貌の翳にある真の姿は、ただの欲深いエゴイストなのだ。

ホフステトラー博士然り、奇形の生きものを美しい、と言える事は、人間を見ためではなく、性格や才能といった中身で観る事が出来るからである。肉体は屈強であり、ごつごつした硬質の殻に覆われている生きものの中身は、一人の優しい青年であり、生体解剖によって殺す、という選択肢は、イライザの中にはない。それは、奇形とはいえ生きものが、愛された分だけ貴重な価値は高まる。究極の愛の形であろう。生きものは研究所に輸送されて来た当初、事故を起こし、危険とみなされていた。そうした、人を害し、殺されるかも知れないリスクを、敢えて侵せるという事は、愛が深い証拠ではないか。

遠き、アマゾネスか、アマゾンの原住民かは知らないが、生きものは土人から尊敬され、自然の神と見なされていた。だが、その特殊な能力が発揮される事は、生きものが愛する人、それに足る人とイライザを見なした時によってのみ、起こる事である。現実社会とは違う、どこかの異世界で神と見なされていたものが、実験によって死の危機にさらされる。それは、後進的な世界を見下し、それらに住まう人々の総意を、禽獣のものとして見なして、無視する事にあり、それは悪であろう。博士は良識のあるインテリであったが、ストリックランドには、知性のかけらもない。むしろ、軍人としての知識やプライドが、人間としての性根を歪ませているのである。

公共の人である事は、大義や倫理とは何の関係もない。そして、軍人であったり、博士であったり、掃除係であったり、大人の就いている職業や地位といったものによって、人の価値が決まるものではない。むしろ、世界の物語の主人公達よりも、その主流を傍観するゼルダのような、掃除係という端役で、名もなき大人が、社会に対する良心を持ち、それに従って、向こう見ずになっているイライザを制止したり、あるいは、行動を共にできる事、それは、友情の為というよりは、個人の責任に従って行動を選択したからに他ならない。「その時」になって初めて、人間の真価は問われる。

地球の生態系は広く、どこまでの深部に迫り、人間だけがその頂点にある、というのは、傲慢かも知れない。そこには、眠っていた太古のロマンと共に、時代を映すような、本物の愛や、至高の生命があると考えられる事は希望である。また、この物語には、異彩となる隠喩が隠されている。ストリックランドは、どこまでもイライザに追いすがり、体を求める。即物的であり、「権力者の夢」は薄汚い。物語には、三角関係があり、そのバランスを取っているのが、現実世界の情理であったり、感情というもので、それが破壊される事が、物語を流転させた、変事を起こした原因なのである。平和は危ういバランスの中で生きている。

by lower_highlander | 2018-03-04 19:02 | 映画
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